せなどすブログ

あんまり明るいことは書きません

年相応になりたい、なれない

年齢というものはあまり意識していなくても、ときに重くのしかかってくるものだ。

最近、スーツを着て仕事に出かけることが増えた。以前は、堅苦しい格好をしたくないからこそ、フリーランスで働いていると思っていたのに。

私は童顔なので、どこへ行っても実年齢より若く見られる。ついこの間までは、困ったふりをしながら内心よろこんでいたのに、28歳を目前にして、とても居心地の悪い気持ちになるようになった。

それに「幼く見える」ということは「なめられやすい」ということにつながる。まさに今日、そういうことがあったのだが、取材に行った舞台挨拶で映画会社のスタッフにひどく横柄な態度を取られた。私の後ろに並んでいた、中年男性の記者には丁寧に接していたのにだ。

これまでは、そういう顔立ちに生まれてしまったのだから、無理に年相応に見せる必要もないか、と思っていた。他人からどう見られているかより、自分に似合うメイクや服装をすることのほうが、価値のあることなのだと。

ただ、最近はそんなことも言っていられなくなった。「30歳」という数字が手が届くところに見えてきたからだ。

30歳という年齢に悪いイメージはない。「男は30代から」という言葉をよく聞くが、女だってそうだ。むしろ、30歳という節目から、魅力的な人生が始まるのではないかと思っている。

でもそこには「大人として」という前置きが入る。いろいろな経験を積んで成熟してきたからこそ手に入る人生の楽しさ。きっと、その楽しさを謳歌するためには、外見の成熟度だって必要だ。見た目が子どもじゃ、不都合が多い。大人のための素敵な場所で、浮いて見えてしまうのも嫌だ。

だからまず、仕事のときはスーツを着ることにした。就活生に見えないように、なるべくセンスのいいものを。今のところ、うまく機能していると思う。

それと、高校生のときからずっと変わらず着けているカラコンも、いつか卒業しなきゃなと考えている。ただ、手始めに黒目を強調しすぎないものに変えてみたけど、鏡を見るたびテンションが下がってしまうので、3日で以前のものに戻した。

見た目年齢が実年齢に追いつくまで、まだ少し時間がかかりそうである。