せなどすブログ

どうでもいいことしか書いてありません。

脳みそがバグった午前10時

原稿やる気がまったく出なくて、うとうとしながら夜を明かした。あたりが明るくなってきて「さすがにやらな」とベットから這い出す。いつも〆切ギリギリになってから(ほとんどの場合は越えてからだが)執筆を始めるのは、ひとえに怠惰な性格のせいだが、余裕をこいてダラダラ書くよりも、追いつめられてから集中力を発揮して書いた方が、意外と出来がよかったりする。

今日も2時間くらい「ぶわっ」と(なんとなく私のなかでの効果音はこれ)集中して見開き2ページの3分の2くらいを一気に書き上げた。と、このときいつものチカチカに襲われた。チカチカというのは正式名称「閃輝暗点」のこと。芥川龍之介が遺作『歯車』で書いていたそれである。

目の前にチカチカと光の残像のようなものが広がっていき、徐々に視界が奪われていく。30分から1時間くらいその状況が続いたあと、チカチカが引いていくと同時にものすごい頭痛に見舞われるのだ。つまりこのチカチカは偏頭痛の前兆現象で、私は長年この症状に悩まされている。

ただ、もはや慢性的なものだし、チカチカが始まったときにロキソニンなり頭痛薬を飲んでおけば、偏頭痛の痛みはそれほどでもない。困るのは、チカチカしている間は目の前がよく見えないため、仕事にならないということだ。

今日のように、いい感じで集中できているときにチカチカし出すこともよくあるので、それはすごく嫌だ。このメカニズムは簡単で、このチカチカは医学的に、極度の緊張状態がふっとゆるんだときに現れるものらしい。だから集中力がピークに達したときにこそ起きやすいのだろう。

いつもなら「仕方ない」と思ってすぐに中断するのだが、今日は集中を途切れさせるのがもったいない気がして(〆切はとっくに過ぎてたうえに、最終デッドが目前に迫っていたということもあるが)ロキソニンをきめてから、しばらくあがいて執筆を続けた。

多少スピードは落ちたものの、めずらしく筆がのっていて、チカチカした視界のなかでもわりとスムーズに書き進めることができた。しかし、9割方書き終えたくらいのところで、いきなりふっと意識が飛んだ。

はっとなって戻ってきたとき、驚いて時計を見ると午前10時。気を失っていたのはほんの10分足らずのようだが、あと2時間以内に原稿を送らなければマズい。幸いなことに本文はあらかた書き終えていたため、一度読み直して推敲してみることにした。

しかしはじめの一文を読んだとき、私は息が止まるかと思ったくらい驚愕してしまった。

そこに書かれているその文章を、自分で書いた覚えがまったくなかったのだ。

さっきまでキーボードを打って原稿を進めていた記憶はある。手がけている内容にも相違はない。ただ、その一文一文は書いた覚えがまったくないのだ。

恐る恐る読み進めてみると、文章の雰囲気から自分が書いたものだとは思う。完成度も高かったが、まったく身に覚えがない。かと言って、こういう内容を書いたはずだという代わりの記憶があるわけでもない。

「怖い」

このとき感じたのは底知れない恐怖だった。得たいの知れないものに対峙しているような恐ろしさ。

自分の頭はおかしくなってしまったんじゃないかと思った。

そして事実そうだったようだ。

何度か読み返しているうちに、徐々に記憶が「馴染んで」きたのだ。思い出すというよりは、だんだん「そういえばこれは自分が書いた文章だった」と腑に落ちていくという感覚。

記憶が馴染みきったとき、これはたぶん脳みそがバグったということだろうなと思った。

目の錯覚にはじまり、多重人格だとかADHDだとか。いろいろな障害が起きる脳の機能が、たまにフリーズしたりバグったりするのは、別に不思議なことではないだろう。

でも、自分の記憶が曖昧になって、夢なのか現実なのかわからなくなったあの瞬間の恐怖はすさまじいものだった。

閃輝暗点や偏頭痛が関係あるのかはわからないが、もう少し自分の脳みそを大切にいたわっていこうと思う。

歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)

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