「素敵な男性に選ばれるために自立しよう」みたいなのほんと嫌い
小学生のころから「男尊女卑」というものにひどく敏感でした。だって当時、私より成績がいい男子も、私よりハキハキとものが言える男子も、なかなか周りにはいなかったので、大人になると男ばっかりえばっているのがどうしても理解できなかったからです。だから、父親や先生を含めた周りの男性すべてに敵意をいだいていました。
大人になった今では、そんなフェミニズムをこじらせたような考え方ではありませんが、「男女の役割があまりにも固定的すぎる」という違和感はずっと感じています。べつに統計をとったわけじゃないですが、たとえ共働きの夫婦だとしても主たる生計を担っているのはやっぱり男性の方が多いですよね。本当に社会が男女平等なら、その割合が半々くらいになっててもおかしくないと思うんです。
そんなことを日々悶々と考えているわけですが、このことに関して非常に憤りを感じる出来事がありました。
いつまで受け身でいるつもり?
いつも通りFacebookをぼけーっと眺めていたとき、とある方のブログ記事が目に留まりました。それを読んだ私は、動機・息切れに見舞われるほどわなわなしてしまったのです。
そこには「自立した素敵な男性に選ばれるためには、女性も自立しなければなりません」みたいなことが書いてありました。
もうね「はあ?」って感じ。なにをそんな前時代的なことを言っているのですか?
もちろん、男性に「養ってもらう」という価値観は捨て去っていいと思う。そのためにも経済的、精神的自立は必要。でもね「選ばれるため」ってなに?しかも、コメントを見る限り、かなり多くの女性が賛同していてなんだか悲しくなってしまいました。
いつまでわたしたちは男の人に「選ばれる」受け身の存在でいなければならないのですか?それを打破しようと、いままでたくさんの先輩たちが闘ってきたのに、女性自身がこれまでの歩みを踏みにじるようなことをしないでほしい。
だって、仕事大変じゃん。ストレスたまるじゃん。でも負けずに頑張ってるのはさ、本当に「素敵な男性に選ばれるため」なの?わたしは絶対違うと思う。
自立するのは自分のためでいいじゃん
たぶん、そのブログを書いた人も、賛同している人も、本当は自分の夢とか目標のために自立して頑張ってるんだと思うんです。でもそれを「男の人に選ばれるため」なんて言ってしまうと、すごくもったいないし、悲しい。
もちろん考え方は人それぞれでしょう。でも私はこういうのすごく嫌。
経済的な自立も、精神的な自立もぜんぶ自分のためでいいじゃないか。むしろこれからはこっちが選んでやるくらいの気負いを持とうよ!
昔は女が「自立する」なんて、あり得ない世の中だったんですよ。だって「妻が働くのは夫の恥」だとか「働きたいという妻が心配」なんて言われてたんだから。それが今なら、女も自分のために生きられる時代なんです。それを自ら手放すような言い方は、やっぱり嫌だと思う。
わたしたちはいつまでも、「男に選ばれる」受け身の存在ではないんだから。
参考:「悩める女性へ…人生案内100年」